鈴木さんは『少女仮面』をどう思ったのか。
いま、コメダ珈琲店で、これを書いています。
名古屋出身の私は、この店に時々吸い込まれてしまう。
小さい頃はよく長ぐつ型のグラスに入ったクリームソーダを注文し、
到着した瞬間にソフトクリームにストローを挿しては、
下からソーダが吹き出してテーブルの上をメロンソーダまみれにしていました。
もう大人なので、今日はコーヒーです。
さて、名古屋といえば、
1968年の夏、地方巡業中の唐さんが名古屋から、東京の鈴木忠志さんに電話を掛けた、
という記録があります。
唐さんは巡業に出発する時点で、二日で書いた『少女仮面』の原稿を鈴木さんに託しており、
その感想を確かめたかったようです。
「どうだい?」「面白くできそうだ」
そんな二人の会話が聞こえてきそうです。
私は帰省の際、当時、唐さんが紅テントを建てていた若宮大通公園の近くを通る度、
このことに思いを馳せます。
また別の資料で唐さんは、
『少女仮面』を早稲小にいる「アルレッキーノのような女優」に当てて書いた、
とも書いています。
これは明らかに白石加代子さんのことなのですが、
イタリアの喜劇「コメディア・デラルテ」に登場する「アルレッキーノ」、
つまり「道化」に白石さんをなぞらえるところが、唐さんの独自性だと感じます。
唐さんに目に20台後半の白石さんがどう映ったか、
この言葉をもとに想像するのは愉しいものです。
ところで、鈴木忠志さんはこの『少女仮面』をどう感じたのでしょうか。
この作品の終盤には、
「春日野八千代」を名乗ってきた女、女優として芽の出なかったただの初老の女、
春日野をサポートしてきたボーイ主任は、喫茶店という小世界で演出家ぶっていただけの夫
と知れるシーンがあります。
春日野が繰り広げる深夜の稽古なども、早稲田小劇場へのオマージュであると同時に、
茶目っ気たっぷりの唐さんが、鈴木さんを茶化しているようにも感じます。
演劇仲間の親しみと、つばぜり合いの緊張感が、ここには漂っています。
喫茶「肉体」という設定も、早稲小が喫茶店「モンシュリ」の二階にあったことが影響していそうです。
まあ、「モンシュリ」は二階、「肉体」は地下室ではありますが、
ともに「アンダーグラウンド」と評されてどう感じていたか、
このあたりを考えるのも面白いところです。
単なる作家とそれを受ける劇団や演出家、女優の仕事、というだけでなく、
そこにある両者の対話を感じます。
自分も、唐さんが『木馬の鼻』を書いて下さった時には、
物語を追いかけると同時に、
台本や科白を通じて唐さんは自分たちにどんなエール送り、挑戦を求めているのか考えました。
この問題は、いまも折に触れて考え込むことがあります。
今日も長くなりました。これはまた別の機会にしましょう。
名古屋からきた喫茶店は、横浜駅の近くにもある。

