8/5(月)『煉夢術』本読みWS 第1回 その①

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↑角川文庫として1976年にも出版された。

作品への愛着の証左ではないでしょうか

 

昨晩、『煉夢術』の本読みWSが始まりました。

『少女仮面』を経て、唐十郎が若かりし駆け出しの頃にどんな感性を
生き、不安を覚え、足掻き、未来を見出そうとしていたか。
青年期に皆が通り過ぎる頭でっかち、それでいて、やっぱりこれは
唐十郎の世界であるという萌芽も発見したいと思いました。
若書きで、沈鬱で、後に執筆する沸騰したような台本の数々の興奮には
及ばないかもしれませんが、唐十郎という人を最初期から追いかけ、
唐十郎に出合い直すという意味で、全6回をお付き合いいただけたら
嬉しいです。
 
昨晩は初回。まずは年譜を追いかけましたから、今日はそのレポート。
唐さんの20代前半はこんな感じです。
 

19623月末 明治大学を卒業

 

19624月以降 劇団青年藝術劇場 入団→退団

おそらく劇団退団後に地図売りのアルバイト

 

19637月状況劇場旗揚げ公演(試演会 No.1

『恭しき娼婦』@明治大学 大学院ホール

 

1964411日第1回公演『2453塔の下”行は竹早町

の駄菓子屋の前で待っている』@日立レディスクラブホール

 

196462日第2回公演

『渦巻は壁の中をゆく(月光町月光丁目三日月番地)』

@新宿厚生年金会館 三階 結婚式場横

 

196526

『街頭劇 ミシンとこうもり傘の別離』@西銀座・数寄屋橋公園

 

1965224-25第3回公演

『煉夢術白夜の修辞学或いは難破船の舵をどうするか』

@六本木・俳優座劇場

 

大学を卒業し
て既存の劇団に入り、けれどもそこでは活躍できず、

退団して仲間たちと集団を作り、試行錯誤していく過程がよく

わかります。人生は一足飛びにいかず、試演会のサルトル作品は、

演目も上演場所も学生時代の延長線上にある。

 

第1回公演『24時53分〜』と第2回『月光町〜』はよく見ると

2ヶ月と間をおかずに公演していることに気付かされます。

短いものを連続的に手がけても鳴かず飛ばずで、翌年2月に

街頭劇を仕掛け、『煉夢術』に至ります。

 

それまでの唐さんの劇作は1本目が作品集にして13ページ。

2本目が19ページというところ。それが『煉夢術』になると

いきなり49ページとなり、分量としてみても唐さんが本格的に

執筆に乗り出した感があります。また、公演場所も、それまで

とは違って俳優座劇場を借りて、気張っていたのが明らかです。

 

25歳までに結果を出したい。そう思っていたのではないでしょうか。

 

私が唐さんから聞いたところでは、『煉夢術』を以って学生時代から

の仲間は去り、高かった劇場料の支払いに唐さんは四苦八苦した

そうです。大学を卒業して3年、世代は変わっても、若い劇団が

通り過ぎる分岐点として私も唐さんの体験に身をつまされた覚えが

あります。

 

内容はどんなか? それは明日にしましょう。

 

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